放射妨害波(RE: radiated emission)の試験における「3m距離」と「10m距離」での測定結果の相関について説明します。マルチメディア機器のEMIを規定したCISPR 32などでは30~1000MHzにおける放射妨害波は供試機器(EUT)から10m離れた距離にあるアンテナで測定することが規定されています。一方、スペースやコスト面でのメリットから設置基数が多く、手軽に利用できる「3m法電波暗室」や「小型電波暗室」でEMI 対策を行うケースがあります。この場合、3m距離で測定した妨害波レベルを10m距離のレベルに換算する必要があります。今回は3m距離で測定された放射妨害波強度を10m距離のレベルに変換する方法について紹介します。
CISPR 32などの放射妨害波の規格では、電波の理論的な距離減衰を考慮し、図1に示すように10m距離での限度値に対して3m距離では10 dB高く設定されています。これは水平、垂直のどちらの偏波にも適用されます。
ところが、グラウンドプレーンを備えた一般的な電波暗室での測定ではこのような単純な距離減衰とはなりません。図2はダイポールアンテナを波源としたとき、3m距離での電界強度を基準(0 dB)として10m距離における電界強度の差を理論的に求めたグラフです。例えば、水平偏波の30MHzでは10m距離における電界強度は3m距離でのレベルに対しておよそ14 dB低下するのに対し、垂直偏波の180 MHzでは3 dBしか低下しません。
そのため、小型の暗室においてEUTの妨害波低減対策を実施し、3m距離での図1に示す限度値以下に抑えることができても、最終的に10 m距離で試験した場合に偏波や周波数によっては限度値を超える可能性があります。
このように10m距離と3m距離で測定されるレベルに差が偏波や周波数に依存して変化する理由は受信アンテナの高さを1~4mで変化させることによる受信電界強度の変動にあります。この変動は「ハイトパターン」と呼ばれます。「ハイトパターン」は図3に示すように、供試機器から放射される妨害波を直接アンテナで受信する直接波と、グラウンドプレーンで反射した反射波が干渉することにより起こる現象で、アンテナの高さに依存して受信レベルが変化します。
例として、図4 (1)にダイポールアンテナを波源として仮定したときの水平偏波、30 MHzにおけるハイトパターンーンを示します。10m距離ではアンテナ高1mにおける電界レベルが最も低く、アンテナ高とともに高くなり、4mで最大となります。一方、3m距離ではアンテナ高が約2.9 mのとき最大となり、10m距離での最大値との差は13.9 dBです。
図4 (2)は3m距離と10m距離の差が3 dBとなる垂直偏波、180 MHzにおけるハイトパターンです。10m距離ではアンテナ高1mにおいて電界レベルは最も高く、高さが増すにしたがい低下します。一方、3m距離では1.4m付近を底に、一旦、レベルは高くなり、アンテナ高2.4mで最大となります。その後は高さが増えるにしたがい、電界強度のレベルは低下します。同じ周波数でみても、3mと10mの距離において最大レベルとなるときのアンテナの高さは異なることが分かります。
ハイトパターンは周波数に依存して変化します。ダイポールアンテナのように基本的なアンテナを放射源として、各周波数における両距離での最大値の差を理論的に求め、変換係数とすることで、「3m距離」から「10m距離」、もしくは「10m距離」から「3m距離」での妨害波レベルの変換ができます。この差は規格化サイトアッテネーション(NSA: normalized site attenuation)の理論値からも導出することもできます。
この変換係数を用いて3m距離での放射妨害波の測定値から10m距離での妨害波レベルを求め、実際の10m距離での妨害波の測定値と比較しました。3m距離での測定は弊社、関西計測センターの小型暗室(写真1)、10m距離での測定は同センターの大型電波暗室(写真2)で行いました。
小型電波暗室の有効寸法は幅3m、奥行き7m、高さ3.1mです。天井高の関係で受信アンテナの高さの範囲は1~2mとなるため、3m距離における最大レベルもこの範囲で求めました。さらに暗室のNSAの理論値との差による補正を加えています。
コムジェネレータを波源とし、小型暗室において測定した3m距離での測定値から10m距離のレベルへ変換した結果と、大型暗室での10m距離での実測値を比較したグラフを図5に示します。周波数によって数dBの差がみられますが、水平、垂直両偏波とも周波数特性の傾向は概ね一致しています。
小型暗室における3m距離での放射妨害波測定値から10m距離のレベルへの換算方法を紹介しました。小型暗室を用いた対策の際のご参考となれば幸いです。今回はコムジェネレータを波源としましたが、実際のEUTでは電源インピーダンスの差により、EMI特性が変化することが報告されています。このようなケースでは電源にVHF-LISNなどを適用し、電源インピーダンスの安定化を図る必要があります。