前回「 電磁シールド – ①」では、金属筐体によるシールドのポイントとして金属板によるシールドのメカニズムとその効果について説明しました。今回「電磁シールド – ②」では筐体の接合部における電磁波の漏洩の特徴を説明します。
金属筐体の金属板の接合部はシールド上のウィークポイントの一つです。「 電磁シールド – ①」で説明しましたように、金属板としてのシールド効果は高いので(例えば、厚さ2 mmの鉄板であれば、10 kHzの周波数において約80 dB)、妨害波の漏洩を抑制することができますが、金属板同士の接合部ではインピーダンスが高くなるため、この部分を介して電磁波が漏洩しEMC上の様々な問題を引き起こします。
金属筐体における金属板の接合部は図6に示すように、接合部を構成する二枚の金属板を伝送線路と見なし、その間に接触の状態に依存したアドミタンスYgが挿入された等価回路で表現することができます(参考文献(1))。電気回路ではこのアドミタンスYgを「伝達アドミタンス」と呼んでいます。アドミタンスYgの逆数であるインピーダンスZg(= 1 / Yg)は金属板同士の接触抵抗と考えると現象をイメージし易いことから、以降、これを接触インピーダンスと呼ぶことにします。接触抵抗が大きいと接合部分を通して電波が漏れやすくなります。したがって、この接触インピーダンスは低くければ低いほど、シールド性能は良くなります。インピーダンスZgはリアクタンス成分Xgを含み、次式のように示されます。
この等価回路ではシールド効果は次式で求められます。
Z0は入射部における電界強度 E(V/m)と磁界強度 H(A/m)の比で、波動インピーダンスと呼ばれます。金属筐体の接合部におけるシールド効果はZgとZ0に依存し、Zgは小さいほどシールド性能は高くなりますが、Z0が小さいとシールド性能は低下します。
波動インピーダンスZ0は波源の種類と周波数、波源からの距離に依存して変化します。波源から十分に離れている場合には376.7 Ωでほぼ一定ですが、波源の近傍(概ね波長の1/6までの距離)では距離に依存して変化します。インバータや誘導加熱装置など、主要コンポーネントとしてコイルを有する回路は、このコイルを流れるループ状の電流が強い磁界を発生させるため、その近傍ではZ0が低くなり、電磁波の漏洩が大きくなるため、シールド対策は難しくなります。この磁界の強い領域を「低インピーダンス磁界」と呼びます(参考文献(2))。
図7に波源からの距離 r が10 cm、30 cm、1 mにおける「低インピーダンス磁界」領域での波動インピーダンスZ0の周波数特性を示します。周波数が低く、波源までの距離が近いほど波動インピーダンスZ0は低くなり、シールド対策は難しくなります。
金属筐体接合部の電気的な特性は筐体を構成する材料や接触の状態に依存します。そこで、「ニッケル(Ni)めっき鋼板」、「亜鉛(Zn)めっき鋼板」、および「ステンレス(SUS304)」の3種類の金属による金属筐体モデル(図8(a))を作製し、その漏洩特性から接合部のインピーダンスZgを求めました。結果を図8(b)に示します。金属同士の接合部インピーダンス特性は、その表面インピーダンスと同様、多くの場合に「実部」と「虚部」の絶対値が同じ値をとります。また、表皮効果の影響を受けるため、周波数の平方根に比例して高くなります。
材料別では、「Niめっき鋼鈑」で構成した筐体のシールド性能が最も良く、「Znめっき鋼鈑」、「ステンレス(SUS304)」の順になります。そのため、インピーダンスは「Niめっき鋼板」、「Znめっき鋼板」、「ステンレス(SUS304)」の順で高くなります。これはNiめっきの表面の電気的な状態が比較的安定し、良好な接触状態が保たれているのに対し、「Znめっき鋼鈑」では表面に薄い絶縁膜が形成されやすく、また、「ステンレス(SUS304)」は鉄に比べて導電率が低いため、接触によるインピーダンスが高くなっているためと考えられます。
図9にそれぞれの接合部に対する波源からの距離を10 cmとしたときの低インピーダンス磁界でのシールド特性(電磁波漏えい抑制効果)を実線で示します。Niめっき鋼板のシールド性能が最も良く、接触部のインピーダンスを反映していることがわかります。周波数特性を見ると周波数の1 / 2乗に比例してシールド性能が高くなります。これは接触によるインピーダンスが周波数の1/2乗に比例して増加するものの、波動インピーダンスが周波数に比例して高くなるためです。参考としてNiめっき鋼板のケースについて波源からを距離が30 cmしたときのシールド特性を破線で示しました。距離 r が10 cmから30 cmとなることにより、波動インピーダンスは3.3倍高くなり、その結果、シールド性能は約10 dB向上します。インバータ電源や高周波加熱装置のような大容量の電流が流れるコイルの近傍は低インピーダンス磁界となり、接合部を通して電磁波が漏洩し易いので、そのシールドには注意が必要となります
金属筐体接合部のシールド性能を向上するためには接合部のインピーダンスを低くする必要があることを示しました。ここでは接触部の低インピーダンス化の手段として、接合部のネジ止めの間隔を狭くすることによる手法について見ることにします。
ネジ止めによって接合部を固定する際、そのピッチを細かくすることにより接触の強度は上がります。図10に前記のNiめっき鋼板による筐体モデルにおいて、ネジ止めのピッチが200 mm、100 mm、50 mm、25 mmにおけるときの接触部のインピーダンスの周波数特性を示します。ネジ止めの間隔を小さくしていくことにより、接触インピーダンスが低下することがわかります。図11は各ネジピッチにおけるシールド効果の周波数特性を示します。1 MHzにおけるシールド効果はネジ止めの間隔が200 mmのとき30 dB程度であるのに対し、間隔を25 mmにすると60 dB以上のシールド性能を確保することができます。ネジ止めの間隔を狭くすることは、製品の製造コストの増加につながりますが、低インピーダンス磁界におけるトラブルを防ぐための重要な手段として理解しておく必要があります。