高速で動作するディジタル回路と敏感なアナログ回路が混載されたプリント回路基板(PCB: Printed Circuit Board)のレイアウトのガイドラインとして、ディジタル回路とアナログ回路のグラウンドの分離が推奨されることがあります。このガイドラインは長年の設計経験に基づいて作成されていますが、一方でグラウンドの分離に対する弊害も報告されています(参考文献 (1) – (3))。本技術ノートではディジタル回路とアナログ回路のグラウンド分離のメリットとデメリットについて説明します。EMI試験(伝導妨害波試験、放射妨害波試験、妨害波電力試験)の結果、規格を満足できず、その低減対策が必要となるケースがあります。回路レベルでの対策を実施する際には、波源となる回路を特定し、部品の追加やシールドなどの適切な対策が必要となります。本ノートでは、計測されたEMIスペクトルから問題となる回路や動作を推定する方法を紹介します。
先ず、はじめにプリント回路基板(PCB)におけるグラウンドの役割について考えてみましょう。
PCBには必ずグラウンドが存在します。一般に「グラウンド」は回路の基準となるポイントを示し、回路中のあらゆるノードの電位はグラウンドを0 [V]として定義されます。PCBのグラウンドにはこの電位の基準の他、回路の「リターン電流」の経路としての役割があります。
ディジタル回路やアナログ回路では図1に示すように、基板の配線を伝わって送信ICの出力端から受信ICの入力端に電流が流れることにより信号(電圧)が伝わります。このとき、グラウンドを通して受信ICから送信ICにリターン電流が流れ、閉ループが形成されます。
単層の基板ではグラウンド配線がそのままリターン電流の経路となります。2層以上の層で構成された多層基板では、層全体をグラウンド(プレーン)とするケースが多いですが、このとき、リターン電流はどのような経路を取るでしょうか?
回路のグラウンドを分離する最も大きな理由は共通インピーダンスによる結合の低減です。2つの回路が電流経路の部分を共有する場合、共通インピーダンス結合が発生します。ノイズ源となる回路(Aggressor)と影響を受ける回路(Victim)の二つの回路を考えるとき、Aggressor回路から共有部分に流れ込む電流は、Victim回路に電圧を誘起します。図4に示すような回路構成では、二つ回路(回路1と回路2)はリターン電流の経路(インピータンス ZT )を共有しています。回路1(外側のループ)のリターン経路に電流( Iret1 )が流れるとき、リターン経路上には電圧降下 Vret1 = ZT Iret1 が発生します。この電圧は回路2の電源と負荷の両端に現われ、両回路間の結合が発生します。これを「共通インピーダンス結合」と呼びます。共通インピーダンス結合の影響は低い周波数(プレーン上の広い範囲をリターン電流が流れる)で駆動されている低インピーダンスな信号源を有する回路において重要となります。この共通インピーダンス結合を低減するためには、回路の共有部分のインピーダンスを減らすか、二つの回路を完全に分離して、電流経路を共有させないようにする必要があります。これが二つの回路のグラウンドを分離する根拠です。高電流回路のリターン経路としてグラウンドプレーンを使う場合や、小さなノイズ電圧に敏感に反応する回路によってグラウンドが共有される場合、「分離」は効果的です。
ただし、信号の周波数が100 kHz以上のとき、先に述べたようにリターン電流は信号配線の直下に集中して流れ(図3(b))、共通インピーダンスの影響は小さくなるため、二つの回路間の距離が物理的に離れているのであれば、敢えてグラウンドプレーンを分割する必要はないと言えるでしょう。
一方で、グラウンドを分離することによる弊害も指摘されています。それは図5(b)に示すように異なるグラウンドプレーンを跨いで信号配線がなされる場合です。このケースではグラウンドプレーンを流れる電流はグラウンドの分離により分断され、シグナル・インテグリティ、EMIの両面で悪い影響を生じます。この問題は一般に「グラウンドプレーンにおけるスリット」として広く知られており、PCB設計時のEMIルールチェックの際にしばしば「配線ルール・エラー」として表示されるのでご存知の方も多いと思います。実際に参考文献(1)ではディジタル・グラウンドとアナログ・グラウンドを分離することによりPCBに接続したケーブルに誘起される伝導雑音電流が増加することが報告されています。
また、図6に示すように、駆動電圧の異なる回路を一つのPCB上に搭載する場合を考えます。回路間の干渉を減らす目的でそれぞれの回路のグラウンドを分離すると、分離されたグラウンドに同じ電位は保持されません。そのため、それらの回路が基板上で互いに通信する場合、その電位差がノイズ電圧となり、接続されたケーブルを介して放射妨害波を発生させることになります。
なお、ディジタル回路の動作に伴い装置の筐体(シャシ)と回路のグラウンド間に発生した電位(ノイズ電圧)に起因してケーブル( I/O )から放射されるEMIを抑制する手段として、図7に示すようにすべての I/O ケーブルの接続を一か所に集め、 I/O グラウンドとディジタル回路のグラウンドとを分割し、両グラウンドを一点で接続するPCBレイアウトが紹介されています(参考文献(4))。この構造ではディジタル回路のグラウンドに発生した高周波のノイズ電圧の I/O グラウンドへの伝搬を抑制することができますが、先の理由により、信号配線は必ず両グラウンドが接続されているブリッジ部分にレイアウトする必要があります。また、低周波の回路においても信号配線とリターン配線は常に隣接させておくことが重要です。
シグナル・インテグリティの分野のエキスパートである Eric Bogatin 氏はその著書において、
「グラウンドという用語の多用が,しばしばシグナル・インテグリティの設計で混乱を起こす.(伝送線路において)第2の導体をリターン線と呼ぶ習慣を身に付け,その意味を考えるほうがよほど賢い.シグナル・インテグリティに関する混乱の多くは,リターン電流の経路を認識した設計がしっかりとされていないことに起因する.」
と述べています(参考文献(5))。
リターン電流のコントロールはEMCにおいても重要なアイテムです。PCBのレイアウト設計を行う際、常にグラウンドはリターン電流の経路であることを念頭におくことが重要です。
本ノートでは慣例に従い「グラウンドプレーン」と表現しましたが、「リターンプレーン」と表現した方が適切かもしれません。