EMC技術ノート

2023/02/14

EMIの周波数特性と波源解析

1. はじめに

EMI試験(伝導妨害波試験、放射妨害波試験、妨害波電力試験)の結果、規格を満足できず、その低減対策が必要となるケースがあります。回路レベルでの対策を実施する際には、波源となる回路を特定し、部品の追加やシールドなどの適切な対策が必要となります。本ノートでは、計測されたEMIスペクトルから問題となる回路や動作を推定する方法を紹介します。

2. EMIの周波数スペクトル

先ずはじめに時間軸波形と周波数スペクトラムの関係を見てみましょう。一般にディジタル回路は図1 (a)にしめすようにクロック信号と呼ばれる一定の周期で“High”と“Low”を繰り返す電圧を回路に印加して信号の送受信するタイミングをそろえ、信号処理を行います。クロック電圧(矩形波)の周波数スペクトルはEMC関係の教科書で見るように、Duty比 Dが50%(“High”と“Low”の時間が等しい)の場合には基本周波数 f0 の奇数次の成分のみ存在し、第n次高調波の振幅は基本波の振幅の 1 / n 倍になります(図1 (b))。Duty比 Dが50%と異なる場合には、偶数次の成分も見られるようになります。図2はD = 50%、D = 49%、D = 48%のときの周波数スペクトルを示します。D = 50%以外の場合には偶数次の成分が存在し、奇数次のレベルが高い周波数帯と偶数次のレベルが高い周波数帯が交互に出現することがわかります。

  • (a) 時間軸波形
  • (b) 周波数スペクトル

図1 クロック電圧波形と周波数スペクトル
(a) Duty比:50%         (b) Duty比:49%         (c) Duty比:48%
図2 矩形波形のDuty比と周波数スペクトル

3. ディジタル回路の動作と電流の振る舞い

一般にEMIは回路の動作に伴う電圧や電流の変動が要因となって発生します。多くの電子機器ではディジタル回路や電源回路が発生源となり、計測された周波数特性は回路動作を反映したものになります。ここでは図3 (a)に示すようなディジタル回路(インバータ)を対象として、クロックによって“High”と“Low”を繰り返すときの回路動作と周波数スペクトルの関係を見てみます。

送信側のICの二つのMOSFET をスイッチに置き換えて考えます(図3 (b))。回路が“High”のとき、図3 (c) の上図に示すようにスイッチ#1は“ON”、スイッチ#2は“OFF”となり電源(Vcc)から信号配線を介して電流 Is+ が流れ、受信側ICのゲート容量CGを充電します。充電されたCGは電圧が上昇し、閾値を超えたときに“High”として認識されます。クロックが“Low”の状態では図3 (c) の下図に示すようにスイッチ#1は“OFF”、スイッチ#2は“ON”となり、CGの電荷を放電する電流 Is が信号配線を介してグラウンド(GND)に流れます。このときの信号配線を流れる電流は図3 (d) に示すようにクロックが“High”→“Low”のときに、受信ICに向かってからCGを充電するパルス状の電流 Is+ 、また、“Low”→“High”のときにはCGから放電されたパルス状の電流 Is が受信ICから送信側のICに流れます。クロックのDuty比が50%のとき、半周期ごとに正と負のパルス電流が流れる場合、その周波数特性はクロック周波数 fc とその奇数次(3, 5, ・・・)の成分において、高次まで一定の振幅を持つ特性となります。


  • (a) ディジタル回路
  • (b) 送信ICのMOSFETによる表現


(c) 信号配線上の電流                  (d) 信号配線上の電流
図3 ディジタル回路の動作と周波数特性

図4は4 MHzのクロックで駆動されているマイコンで制御された回路を持つ家電製品をEUTとしたときの妨害波電力試験における周波数特性です。36 MHz(9次)、44 MHz(11次)、52 MHz(13次)・・・とクロック周波数の奇数次において妨害波電力が高くなっていることが分かります。

図4 信号系を主たる波源とするEUTの妨害波特性

次に、回路の電源(Vcc)とグラウンド(GND)に着目します。ディジタル回路の電源は回路の駆動に必要なエネルギーを供給するため、3.3 V、1.5 Vなどの直流電圧が用いられます。直流では妨害波で問題になるような高周波の成分は持ちませんが、実際のディジタル回路の電源では回路の動作時に流れる電流とそれに伴う電圧変動によってEMIが発生します。このときの電源(Vcc)とグラウンド(GND)間の電流の振る舞いを見てみましょう。

ディジタルICが“High”→“Low”、また“Low”→“High”になるタイミングで二つのスイッチ#1、#2が同時に“ON”の状態となり、図5 (a) に示すように、回路の電源(Vcc)からグラウンド(GND)に電流が流れます。この電流は「貫通電流」と呼ばれ、二つのスイッチが同時に“ON”の状態であるわずかの時間だけ流れるのでパルス状の波形になります。貫通電流は1クロック周期の間に2回発生するので、クロック周波数 f0 に対して偶数次(2、4、6、・・・)の高調波が発生します。

(a) 回路動作と電流の関係                  (b)クロック波形とVcc – GND間電流波形
図5 電源(Vcc)-グラウンド(GND)間の電流の振る舞いと周波数スペクトル

図6 (a) は電源供給系からの放射妨害波の特性を評価するために作成した試験用PCB(Printed circuit board)の放射EMIの測定結果です。このボードは図6 (b) に示すように4層基板であり、第2層はグラウンドプレーン、第3層は電源プレーンとで構成されています。第1層には24 MHzのクロックで動作するLSIとデカップリングキャパシタ、およびLSIの駆動状態を決めるスイッチセットのみで信号配線はなく、IC動作に伴う電源系回路の挙動のみがEMIに寄与します。

  • (a) 放射妨害波特性
  • (b) 基板の構造

図6 ICの動作起因する放射妨害波特性

図7 PCB電源系からの妨害波放射メカニズム

24 MHzの整数倍に妨害波のスペクトルが見られますが、特に48 MHz、96 MHz、144 MHzなど、クロック周波数の偶数次の高調波でレベルが高いことがわかります。このようなプレーン状のグラウンド(GND)と電源(Vcc)を有する基板では図7に示すように、ICのスイッチング動作時に電源 (Vcc) からグラウンド(GND)に貫通電流が流れることにより、LSIへ電源を供給する回路の寄生インダクタンス成分により、電源電圧の変動が発生します。この電源電圧変動は回路の誤動作を発生させ、また、電源、グラウンド両プレーンの内部を伝搬し、基板のエッジ部分がEMI放射を発生させるアンテナとして作用することが知られています。

4. スイッチング電源における妨害波特性

最後にスイッチング電源における妨害波発生の特徴をみてみましょう。スイッチング電源では回路に流れる電流を断続的に“ON”、“OFF”して、回路に供給する電力を制御します。このスイッチング回路における急激な電流の変化がEMI発生の要因となります。スイッチング電源によるEMIはディジタル回路と同様にスイッチング周波数の整数倍のスペクトルを持つ周波数特性を示します。

図8に周波数200 kHz(周期 5 µs)で動作しているスイッチング電源が発生する妨害波の周波数特性(20 ~ 60 MHz)を示します。この特性から大きく二つの特徴を見ることができます。


(1) 24 ~ 30 MHzではスイッチング周波数(200 kHz)の奇数次、30 ~ 36 MHzでは偶数次の高調波レベルが高い

(2) 40 MHz付近で妨害波のレベルが高い


特徴(1)は図2で示したようにスイッチング動作のDuty比が50%とはなっていないことに起因します。
特徴(2) の原因を調べるため、図8 (a) の回路の赤丸部において電圧波形を計測しました。


  • (a) 回路

  • (b) 妨害波特性

図8 スイッチング電源が発生する妨害波の周波数特性

結果を図9に示します。図9 (a) は10 µs の時間スパンの波形です。5 µs の周期で“ON”、“OFF”が繰り返されると同時に切り替わる際に減衰振動が発生していることがわかります。この減衰振動は回路に接続されている容量やインダクタンス、また回路パターンによる浮遊容量や寄生インダクタンスの共振によるものです。同図において白四角の減衰振動の部分を拡大した波形を図9 (b) に示します。振動の周期は25 nsで周波数にすると40 MHzとなり、この減衰振動がレベルの高いEMIの発生に寄与していることがわかります。

(a) 10 µsスパン                  (b) 200 nsスパン
図9 スイッチング回路の電圧波形

5. まとめ

EMIに対する規格は周波数領域で定められており、試験結果は周波数特性で示されます。電子機器におけるEMIの多くはディジタル信号処理回路やスイッチングを伴う電源回路が動作する際に流れる電流に起因すると考えられるので、回路駆動時の電流の周波数特性を知ることは、EMI対策の観点で大変に重要です。本ノートでは一般的なディジタル回路やスイッチング電源回路を例として回路動作時の電流の振る舞いとその周波数特性の特徴を紹介しました。対策の際の参考としていただけますと幸いです。

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